名護とは?/ レイク
[ 94] 名護市 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8D%E8%AD%B7%E5%B8%82
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名護市(なごし)は、沖縄本島北部に位置する市。沖縄県最北端の市である。2000年に行われたG8首脳サミットの開催地としても話題を集めた。中心市街は名護湾に臨み、背後は古生層の山地。沖縄本島北部地域の中心都市で国や県の出先機関も多く、商業が活発。ラン、キクなど花卉のほか果樹・野菜栽培が盛ん。漁港があり、カツオの水揚が多く、タイ・クルマエビ養殖も行われる。沖縄自動車道が通じ、海岸は景勝地で海水浴場もある。市街地東方にある名護城址はカンヒザクラの名所で、近くには樹齢300年のヒンプンガジュマルがある。 1970年8月1日 名護町・羽地村・久志村・屋部村・屋我地村の5町村が合併を行い、沖縄県下9番目の市として名護市が発足した。 1975年 沖縄自動車道が許田〜石川間で開通(本部町で開催される海洋博覧会輸送確保のため、会場につながる主要道路が大幅改良された) 1982年 字源河のオーシッタイ区に電気が通る。(沖縄県の人の居住地で電気が通るのが最も遅れた場所) 1987年 沖縄自動車道が那覇まで全線開通し、那覇まで従来の半分以下の約1時間余で結ばれることに(翌1988年からは那覇空港とを結ぶ高速バスも運行開始) 名護市役所市庁舎 - 1981年第33回日本建築学会賞作品賞。設計は、象設計集団、アトリエ・モビル。新築当初、外気を建物内部に取り込む「冷房無し」が話題となり、沖縄各地で同じような発想に基づいて自然換気を生かした住宅が建てられた。市によれば「庁舎に来訪する市民からの要望」もあって、現在では冷房を使用している。 市役所本庁のほかに旧村ごとに支所(旧村役所)が置かれており、旧町村ごとに地域を分けている。しかし、もともと戦前まで屋部村が名護町、屋我地村が羽地村のそれぞれ一部だったため、郵便局の集配エリアなどで名護・屋部、羽地・屋我地をそれぞれ一つの地域として見る場合もある。逆に東海岸の久志地域では市街地との交通事情から南側にあたる国道329号側の久辺三区と北側にあたる国道331号側の二見以北十区に分けることもあり、地域振興等で格差が生じている(二見は国道329号・331号の両方通っているが、329号沿いにはほとんど居住していない)。 住居表示は市街地を中心に1989年〜2000年にかけて実施され、かつて市街地の大半を占めていた「字名護」の住所は大幅に少なくなった。詳細は名護市街地周辺の大規模な住居表示を参照。 名護(なご) もともとは市街地の大半がこの字だったが、大半が住居表示実施で別の町名に変わったため、現在はごく一部の地域しかない (実際は9つの集落しかないが天仁屋が天仁屋と底仁屋の2つの区に分けているため「10区」となっている) 路線バスは名護バスターミナルが沖縄本島北部のターミナルとして那覇・本島中部方面と北部各方面に運行されており、沖縄自動車道を経由する高速バスも運行されている。また高校の登下校時間に合わせて名護市内の高校を経由するルートも一部の路線を除き設定している。なお北部支線全路線と国道58号を経由する名護西系統(20番・120番)は琉球バス交通と沖縄バスの共同運行、高速バスは2社に加え那覇バスと東陽バスの4社による共同運行となっている。 かつては久志バスターミナルが辺野古にあり、名護市街地や那覇とを結ぶ路線、またそこから東海岸の久志地域や東村とを結ぶ路線があったが1995年に廃止され、現在は西海岸と同じく名護バスターミナルに集約された。 路線バスのほかに空港リムジンバスが夏の観光シーズンには那覇空港から市内の主なリゾートホテルにも乗り入れている。 この「名護市」は日本の市区町村に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています(P:日本の都道府県/PJ日本の市町村)。 |
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