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[ 51] 日本の市町村の廃置分合 - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%82%E7%94%BA%E6%9D%91%E5%90%88%E4%BD%B5

日本の市町村の廃置分合(にほんのしちょうそんのはいちぶんごう)とは、日本における市町村の分割・分立・合体・編入をいう。地方自治法第7条の「市町村の廃置分合または市町村の境界変更」の一形態に当たる。
合体と編入とは合わせて合併といわれるため、合体・編入がほとんどである市町村の廃置分合は、一般には市町村合併といわれることが多い。
日本では、明治以降、大局的に見れば市町村数は一貫して減少する傾向にあり、合併の例が分割の例に比べて圧倒的に多い。また、合併や分割の協議の決裂により、飛地が発生する場合もある。
なお、市町村の所属都道府県の変更は、都道府県の境界変更にあたり、地方自治法第6条に規定されている(→都道府県#廃置分合)。
市町村の廃置分合又は市町村の境界変更は、関係市町村の申請に基き、都道府県知事が当該都道府県の議会の議決を経てこれを定め、直ちにその旨を総務大臣に届け出なければならない。
前項の規定により市の廃置分合をしようとするときは、都道府県知事は、あらかじめ総務大臣に協議し、その同意を得なければならない。
都道府県の境界にわたる市町村の設置を伴う市町村の廃置分合又は境界の変更は、関係のある普通地方公共団体の申請に基き、総務大臣がこれを定める。
前項の規定により都道府県の境界にわたる市町村の設置の処分を行う場合においては、当該市町村の属すべき都道府県について、関係のある普通地方公共団体の申請に基づき、総務大臣が当該処分と併せてこれを定める。
第一項及び前三項の申請又は協議については、関係のある普通地方公共団体の議会の議決を経なければならない。
第一項の規定による届出を受理したとき、又は第三項若しくは第四項の規定による処分をしたときは、総務大臣は、直ちにその旨を告示するとともに、これを国の関係行政機関の長に通知しなければならない。
明治維新後も江戸時代からの自然発生的な地縁共同体としての町村が存在し、生活の基本となっていた。当初、明治政府はこれと無関係に大区小区制を敷いたが住民の反発が大きかったことから、1878年(明治11年)に郡区町村編制法を制定し、町村を基本単位として認め、郡制及び5町村程度を管轄する戸長役場を置いた。しかし、府県、郡役所、戸長役場、町村という複雑な4層構造になってしまったため、行政執行に適した規模の町村の再編が必要となった。
明治の大合併を経て、地縁共同体だった町村は、近代的な意味で地域を行政統治するための地方公共団体に変貌することとなった。しかし、大きな合併を経ていない小規模町村においては、現代に至るまで江戸時代からの地縁性が残っており、欧米と比較したとき、その二重性が日本の町村の特長となっている。
戦後、新制中学校の設置管理、市町村消防、自治体警察の創設、社会福祉、保健衛生関係などが、新たに市町村の事務とされ、増大した行政執行の財政確保のために、市町村を適正規模に拡大することが必要となった。
高度経済成長期には、「大きいことは良いことだ」が流行語となり、首都たる東京都区部への人口の流出も重なって、地方の市町村では、岡山市・倉敷市・富士市などの地域拠点になることを目指した合併や、新産業都市の指定を目指して平市・磐城市など14もの市町村がいわき市になるなどの大規模な合併が行われた。
また、高度経済成長期には、山間部の過疎が進行したため、隣接する都市が山間部を取り込むという動きもあった。静岡市などがそれに該当する。
市制施行のための人口要件が緩和され、鴨川市・備前市・東予市など、人口3万人以上での市制施行を目指した合併も行われた。
明治の大合併や戦後の昭和の大合併は、それぞれ小学校、中学校の運営に必要な規模という、国において明確な行政規模の設計の上での合併推進だったのが特徴的である。これらに対して、高度成長期の合併と平成の大合併については、そのような目標設定がないまま、財政規模の増大、財政破綻の回避、に、住民の競争心や危機感をあおる形で行われ、「理念なき市町村合併」という批判がある。
そのような中、1980年代末頃から、商工会議所などの経済団体や青年会議所を中心として、市町村合併を推進する提言が各地で行われ、これを報道機関が、明治の大合併、昭和の大合併に続く「第三次合併ブーム」と報じた。
これを受けた形で、1995年(平成7年)に改定された合併特例法では、住民の直接請求により法定合併協議会の設置を発議できる制度や、合併特例債制度の設置などが盛り込まれた他に、政令指定都市への移行や、町村の市への移行のための人口要件の緩和なども、数度の改定で盛り込まれ、合併論議が加速されることになった。
影響が大きかったのは、政府(旧自治省、現総務省)による合併特例債を中心とした行財政面での支援及び三位一体改革の元に行われた地方交付税の削減である。
合併特例債は、法定合併協議会で策定する「合併市町村建設計画」に定めた事業や基金の積立に要する経費について、合併年度後10年度に限り、その財源として借り入れることができる地方債のことで、対象事業費の95%に充当でき、元利償還金の70%を後年度に普通交付税によって措置されるという、破格の有利な条件だった。合併特例債等の特例が2005年(平成17年)3月31日までに合併手続きを完了した場合に限ると定められたことから、駆け込み合併が相次いだ。また、合併直前に施設整備や職員採用を行う市町村や、合併特例債による町おこしとして注目を浴びた兵庫県篠山市がその後急激に財政状況を悪化させるなどの事例が発生し、新聞紙上には「合併バブル」という言葉も現れた。
合併特例債がアメと言われたのに対して、ムチと言われたのが、地方交付税の削減である。従来、地方交付税は小規模町村には優遇政策が取られていたが、三位一体改革の名の下、大幅な削減がなされるようになり、地方交付税への依存度が高い小規模町村を直撃した。ただし小規模町村であっても、原発等の電力事業等の交付金等により、地方交付税への依存度が低い町村の合併は進まなかった。平成の大合併での市区町村数の変化は、東京都が63から61に、神奈川県が37から33市にしか減らず、都市部における合併が進まなかったのに対して、新潟県が112から31、富山県が35から15になる等、地方と呼ばれる地域の合併促進の要因となった。
その後、2005年(平成17年)4月に施行された合併新法(市町村の合併の特例等に関する法律)に基づき、引き続き市町村の合併が進められている。合併新法においては、合併特例債などの財政支援措置がなくなったため、合併の動きは鈍いが、県に合併推進勧告の勧告権があることから、合併新法の期限である2010年(平成22年)3月末に向けて、合併の動きが進むことが予想される。
住民発議で合併に誘導する制度はあっても、合併の是非を問う住民投票が法制化されていない。このため、一応は議会の議決はあるものの、住民に歓迎されない合併も行われている(例:大崎市)。
合併後にも、旧市町村の議員が、そのまま新市町村の議員として任期を延長できる「在任期間の特例」に関する問題がある。財政難を理由にして合併をしても、合併後には議員の任期と給与を上げる事例が目立つ。
合併後の市町村の名称が、歴史的な地名を軽視した「方角とひらがな」ばかりになっている。(→#合併後の名称問題)
「規模を適正にする」という観点を軽視した合併が行われている。このため、県の面積に匹敵する巨大な市が、次々と作られている。
財政問題の解決を口実にした合併が目立つため、原発が立地することで国からの支援が降りる小規模自治体、空港などの固定資産税、あるいは大企業・大工場・莫大な収入を持つ個人からの地方税によって裕福な小規模自治体などは、合併による周囲の財政難自治体の債務の肩代わりを嫌って、合併しない例が多かった。そのため、将来の財政難を理由に合併した市町村が、「貧民連合」と侮蔑的に呼ばれた。
初めに合併ありきで合併したため、生活圏が異なる自治体同士が合併したケースがある(例:大崎市、相模原市など)。
これらの問題点が挙げられていることから、福島県東白川郡矢祭町や群馬県多野郡上野村などのように、合併を拒絶して、自立・自律や独自性を謳う市町村も現れている。これらの中には、山間部などに位置していて、合併によって一層の過疎化が懸念されている所も少なくない。
反面、住民が合併を望んでいるにも拘らず、「自立」を謳って合併を拒絶したり、合併協議の破談や首長と議会の対立の末に「自立」を謳う市町村もまま見受けられる。
合併しようとする市町村を全て廃止して、新規に市町村を設置する合併方法。合併に関る全ての市町村の法人格が消滅するため、全ての首長と議員は失職し、合併で設置された新市町村で首長と議員の選挙が行われる。ただし、議員については合併新法による在任特例を適用することもできる。また、首長の選挙まで、首長職務執行者が置かれ、首長職務を代行する。なお、首長職務執行者には合併前のいずれかの市町村の首長で合併後の首長選挙に出馬しない者が就任することが多い。
合併しようとする複数の市町村のうち、1個を存続法人として、それ以外の市町村を廃止して存続法人に組み入れる合併方法。
編入される市町村は法人格が消滅するため、その首長と議員は失職する。ただし議員については編入した自治体の議員になることも特例として可能。首長選挙や議員選挙は、存続市町村で合併直後に任期満了になった場合と、合併前後に首長が任期途中で死去もしくは辞職した場合のみ行われる。
この法律において「市町村の合併」とは、二以上の市町村の区域の全部若しくは一部をもって市町村を置き、又は市町村の区域の全部若しくは一部を他の市町村に編入することで市町村の数の減少を伴うものをいう。 -- 「市町村の合併の特例等に関する法律(平成十六年法律第五十九号)」『第二条第一項(定義)』
編入(編入合併)の代わりに吸収合併、合体(新設合併)の代わりに対等合併という語が使われることがあるが、これらの語は手続ではなく理念に基づくもののため、編入(編入合併)や合体(新設合併)と同義ではない。
合併前からの市町村の名称を引き継ぐなど、実質上は吸収合併の様相を呈するケースでも、「吸収」というイメージを極力排除して、対等な関係を強調したい場合には、手続として新設合併の手法を採ることがある。このようなケースでは、合併を機に市町村の標章を変更するなど、対等な関係を強調するための手続きの変更がなされることもある。
通常の合併は、同一都道府県内の市町村同士で行われることがほとんどだが、県境に隣接していて、地理的、経済的理由等で同一都道府県内よりも他県市町村との交流が深ければ、県境を越えた合併が模索される場合がある。これを越境合併(越県合併、県境合併)と呼ぶ。
1個の市町村を廃止して、複数の区域に分けて新規に市町村を設置する分割方法。分割される市町村の首長と議員は失職し、分割後に設置された新市町村で首長と議員の選挙が行われる。合体合併の対義語で、解体分割という語で示されることもある。
1個の市町村を存続させたまま、一部の区域を新しい市町村として分離する分割方法。分離前の市町村の首長と議員は当然には失職せず、新設市町村の区域に住所がある議員は被選挙権を失うので、地方自治法127条による議会の資格決定の議決によって失職する。首長の被選挙権資格には住所要件がないので、新設市町村に住所があっても失職しない。分離されて設置された新市町村で首長と議員の選挙が行われる。分離、または俗に「分市(町・村)」ともいう。
いずれも、地理歴史や交通体系、住民の生活圏が異なる複数の地域を併せ持っている市町村で実施されることが一般的である。
第二次世界大戦中に国策で合併した町村が戦後に再分離されたり、昭和の大合併で合併した町村が、新市町村内の対立で分離されるといった例があった。
通常の合併は、廃止された市町村の全ての区域を他市町村に編入する、または廃止された複数の市町村の全ての区域を以って新しい市町村が設置される場合が大半である。
また、通常の分割は、廃止された市町村の区域内で複数の市町村が設置する、または1個の市町村の一部の区域を分離して、新しい市町村が設置される場合が大半である。
しかし、廃止された市町村の地区を複数に分割した上で、別々の市町村と合併する場合がある。また、複数の市町村の一部を分離して、分離された地域同士で合併するパターンもある。
「昭和の大合併」ではこの例も多かったが、「平成の大合併」では山梨県西八代郡上九一色村が唯一の例である。上九一色村は、山地を隔てて北側の梯・古関地区と、南側の富士ケ嶺・本栖・精進地区に分かれ、北側と南側では住民の生活圏が異なっていた。そのため、2006年3月1日に分割され、北側の2地区は東八代郡中道町と共に甲府市に編入され、南側の3地区は南都留郡富士河口湖町に編入された(→上九一色村#分割と編入の経緯)。
上九一色村のほかにも、三重県一志郡美杉村や、栃木県上都賀郡粟野町など、幾つかの地域で、同一市町村内の他の地域と生活圏が異なる地域の住民により、「分合両用」による他市町村への編入を求める声が上がったが、住民投票や議会の反対などにより、実現には至らなかった(→美杉村#分村合併問題、粟野町#分町合併問題)。
なお、岩手県下閉伊郡川井村では、盛岡市の生活圏にある村西端の門馬地区で、盛岡市との合併を望む声も根強く、今後分村合併に動く可能性もある(→川井村#分村合併論)。
以下にメリット・デメリットを記載するが、規模等により大きく異なることがあるので、あくまでも一般的なものである。
通勤・通学、通院、買い物等の行動圏域は従来の行政区画を越えている場合が多いが、行政区域が広域化することによって、住民票の写しの交付等の窓口サービスが勤務地や外出先などの近くで利用できるようになる。また、文化会館、図書館、スポーツ施設等の各種公共施設については、それまで利用に制限がある、利用料金に差がある等した隣町の施設についても、同条件で利用が可能となる。しかし、効率化のため公共施設の数が減らされ、遠くまで行かないと利用できないことが起きる可能性がある。また、今まで安かった公共料金が合併で大幅に値上がりすることもある。例えば、函館市と合併した南茅部町、椴法華村、恵山町、戸井町では水道料金が大幅に値上がりし、ゴミと託児所が有料化された。
住民の価値観の多様化により市町村行政に求められる機能も高度化・複雑化しているが、専門的知識を備えた職員を確保することにより、専門的かつ高度な行政サービスを提供できるようになる。
「市」への施行、あるいは新しい市町村名とすることにより、地域としての全国的なイメージアップが図られ、地域経済の活性化や若年層の定着、観光交流客の誘致、大型プロジェクトの誘致等へのプラス効果も期待できる。しかし、「市」の数が増えてしまうとせっかく「市」になっても知名度が上がらず意味がないことが多い。むしろ今まで知名度のある市町村名を消すことで知名度が下がることもある。
合併の議論を通じて、自らのまちを見直す機会となる。合併後も、まちづくりビジョン実現のため、住民、諸団体の地域づくりへの主体的参画が期待される。
個々の自治体が行ってきた管理業務を一つに集約することにより、職員数や経費を削減する一方、新たな行政ニーズの発生している部門に充てることができる。職員数も人口当たり少なくなすることができるため、行政サービスの向上を図りつつ、人件費や経費を抑制することができる。ただし、合併で消滅する自治体においても市町村職員の地位は法律で保証されているため、人員抑制・削減効果が期待できるのは合併後数年以上経過してからとなる。また、支所の配置方式によってもその効率化効果はかなり異なってくる。
住民の生活行動圏に即した広域的な視点から公共施設を計画的かつ効率的に配置することとなり、隣接した地域での類似施設の重複を避けることができる。ただし、合併前の駆け込みで事業実施する等の弊害も生みがちである。
長期的には、行政規模拡大により生み出された財源や人員の余裕を、現代においてニーズの高い都市計画、環境政策、情報化、法務等、高度に専門性を要する分野へと振り向けることにより、多様で専門的な人材を長期的に確保し、行政サービスの高度化・専門化を図ることができる。
広域的な視点に立った交通基盤や各種公共施設の整備、総合的な土地利用の推進などにより、一体的な地域づくりを効果的に実施することができるようになる。さらに、環境問題や観光交流振興など従来の市町村域の枠を越えた広域的な取組みが求められる領域においても、一体的な対応が可能となる。
さらに、政令指定都市、中核市、特例市や市制への移行等により、自治体としての権限が拡大する効果も期待できる。
行財政の効率化によって生み出される財源を、選択と集中により、新たな地域づくりや産業振興のために重点的に投資することが可能となる。財政規模の拡大によって、重点的な投資が可能となり、今までの個別自治体の規模では困難だった大型事業を計画的に実施することができる。
庁舎の存在する地域は市町村の目も届き、各種事業が実施される。しかし、周辺部においては強く事業実施を要望しても、取り残されることはほぼ確実であり、中心部と周辺部の格差が拡大しがちである。また、それまで行なってきた地域づくり活動が継承されず、その成果が省みられなくなってしまう。例えば、2005年に合併した北海道の(新)石狩市では、南北に細長い地形と住宅密集地が南部の地区に集中していることも相まって、北部の旧厚田村(今の同市厚田区)や旧浜益村(今の同市浜益区)で顕著である。
ひいては、従来の歴史、文化、各種伝統行事といった地域の特徴が失われる恐れがある。地区出身の町村職員が自発的に地域文化を支えてきた面も一部にはあり、これら職員が本庁に吸い上げられることによって、担い手が確保できず消滅することになりかねない。
行政組織が大きくなって、また議員の数も減少し、地域の住民の意見が市町村行政に届きにくくなる。また、行政の広報委員としての役目の他に、地域と市町村行政との実質的なパイプ役となってきた区長等の地区役員制度も都市部の様式に統一されることによって、機能が削がれる恐れがある。合併により誕生した岐阜県の新・高山市や同県の飛騨市が顕著な例である。
役所や公共施設への距離が遠くなり、不便になる。効率化によって、行政サービスが高度化するとはいえ、それらは長期的に効果発現するものであり、また直感的には感じられにくいものである。また、分庁舎方式で各旧自治体役場に各部署を分散させる方式を採った場合、申請や手続きの度にその部署を有する遠く離れた分庁に足を運ばなくてはならない。
比較的大きな市と小さな町村が合併した場合、両者の産業の種類に大きな差があると、小さな町村の産業は無視される。また、市長選挙でも大きな市ひとつの人口が他の町村の人口を上回ることがよくある。市議会選挙においても同様で、当選には旧町村議会とは比べものにならない票数を必要とするため、旧町村内で候補者を調整しても、数名の議員しか当選させられず、議会の主導権は完全に旧市側に握られる例が多い。また、選挙日の事務効率化で合併により開票所までの距離が遠いことで繰上げ投票時間を設定する必要が出てくる。
例えば、石狩市は石狩市と厚田村と浜益村が合併して誕生したが、旧石狩市は札幌のベッドタウンと商業港の町だったのに対し、厚田・浜益両村は漁業を中心とした村である。石狩市の人口は両村合わせた数の10倍以上であり、両村の意見はほとんど通らなくなる。
面積や地理的同質性を無視した合併もあり、この動きに対しては、矢祭町や加茂市などの「合併しない宣言」に象徴されるように、批判も少なからず出されている。
また、合併の要件を考えないまま合併に走る市町村が現れる中で、磐田市の鈴木望市長が、2002年11月22日付朝刊の静岡新聞で、市町村が合併する際の要件について、歴史的・文化的同一性、経済的同一性、日常生活の同一性を総合的に判断し、共通のふるさと意識を持てる範囲で実施すべきとしている。
どの市町村と合併するかというのは、最大の問題といえる。多くは、都市圏内、郡内などの組み合わせにより枠組みが決まっていった。枠組みを決めるに際して、地区懇談会を開催して首長が私案として提示し合意を取り付けたケース、いくつかのパターンを示してアンケートで民意を問うたケースなどがあるが、中にはこじれて住民投票にまでもつれこんだケースがある。最終的には、首長の判断が問われた。
なお、市町村の合併の議論を促し、市町村合併を後押しするため、市町村合併が考えられる組み合わせ(パターン)として、複数のパターンを含む合併市町村の組み合わせを作成し公表した県もあった。
新市町村の本庁の位置問題は、当該自治体間で中心地区が明確ではない場合、関係自治体の面子もあって、非常に問題となるケースがある。庁舎は自治体の中心としての意味を持つためである。秋田県にかほ市などのように、実際にこの問題で合併協議がこじれる場合もある。
なお、平成期においては市町村合併が財政の健全化という文脈で語られる場合も多いうえ、また住民も市町村役場の浪費には厳しい目を向けており、旧の市町村の庁舎とは別に新自治体としての庁舎を新たな場所で新築しようとするケースは少ない。
市町村議会議員の定数と任期の取扱いは、議員にとっては身分にかかわる関心事である。しかし、地方自治法上は「合体(新設合併)における関係市町村」及び「編入(編入合併)における編入される市町村」においては、市町村の法人格が消滅することから、該当する議会の議員は当然に失職することになる。
これらの特例を適用するかどうかは合併協議会の協議による。特例の内容は、合体(新設合併)と編入(編入合併)で異なる。
定数特例 合併後に行う設置選挙に限って、地方自治法に定める議員定数上限の2倍の範囲内で定数を定めることができる。例えば5万人以下の市の場合、地方自治法の上限26人 → 特例の上限52人。
定数特例 編入された旧市町村の区域に選挙区を設け、2回の選挙までに限り増員選挙を行うことができる。この選挙区の定数は、地方自治法上の定数上限に関わらず、以下の計算式で求めた人数以内で定めることができる。
在任特例 編入された市町村の議員は、編入先の市町村の最初の選挙までに限りその議員となることができる。さらに、最初の選挙の際に、上記の定数特例による定数増により、増員選挙を選択することもできる。
しかし、誰もが知っている最も大きな理由は、失職することになる議員に恩典を与え、国が推進しようとする市町村合併に対する抵抗を和らげるためである。
この結果、体育館を議場とするような巨大議会が誕生するなど、大きな狙いの一つが行政改革のはずの市町村合併において、一時的とはいえ議員数が増加するという矛盾が生じることとなった。一方、マスコミが特例で議席増を図った市町村議会を行政改革の抵抗勢力として扱ったこともあり、肥大化した議会に批判が高まった。このため、住民の直接請求に基づく住民投票や住民の反発により自主的に解散に追い込まれる議会も相次いだ。
このため、平成の合併においても初期には特例措置の適用が多数みられたが、後半になると適用しない例や、特例を適用しても新市町村の予算が成立したのを見届けて自主解散する例も見られるようになった。平成の合併前から、地区代表・利益代表と言われてきたものの、市町村議会議員の職能、あるいは必要性そのものに国民は疑念を抱いていたことが示されたといえる。
議員の在任特例を適用した場合、首長選挙と議会議員選挙を別の日程で行うことで経費が増大するため、これを嫌って在任特例を適用しなかった例もある。
関係市町村の財政問題も、当該市町村の内部ではかなり問題視された場合がある。市町村の地方債・基金の残高状況を含む財政状況そのものは、対住民にも公表され、また横の比較可能な形で決算結果は公表されている。ところが、土地開発公社の財政状況、あるいは第三セクターへの慢性的な支出金・借入金など、市町村の普通会計に属さない領域での隠れ負債があるのではないかとの疑念が生じた。
また、「貯金」といえる基金についても、「合併が決まる以前から予定されていた事業」と強弁しつつ、「新市町村に持って行かれたら損」とばかりに合併前に駆け込み事業を行ったり、地区団体に配布したりする例も見られた。
近年では、合併と分割のいずれにも、住民投票が適用される事例が増えている。 ただし、分割を問う住民投票を実施する際に、どの地域の意見が重視されるか、住民と議員のどちらの意見が優先されるかは、重要な課題である。
分割を巡る住民投票を実施する場合、解体分割の場合には全域が住民投票の対象になる。分立の場合には、「分立を望んでいる地域のみで行う」場合と、「市町村の全域で行う」場合の両方の事例が想定される。そして、解体分割と分立のいずれでも、議会が単独で分割や分立を決定する、という事例も想定される。
さらに、分割をする際には、市町村議会が分割を決定するが、県議会の承認も得なければならない。1950年に起こった舞鶴市の分割運動では、住民投票で「東舞鶴市」と「西舞鶴市」への分割の承認が過半数となり、舞鶴市議会もこの決定を承認したにも拘らず、この決定が京都府議会によって否決されてしまった。
特に解体分割をする際には、分割前の旧市町村の地方債の処理や基金が、分割後に設置された新市町村にどの割合で継承されるか、という問題がある。
解体分割後に設置される新市町村の規模が大きく異なる場合、新市町村それぞれの規模に合わせて、A市は何%、B村は何%、のように配分されることになる。
合併協議会は、地方自治法第252条の2、合併新法第3条の規定により、関係市町村議会の議決を経て設置されるもので、関係市町村の長および議会や職員、住民の代表者らによって構成され「法定合併協議会」とも呼ばれる。 法定合併協議会において「合併市町村基本計画」や協定項目を策定することにより、合併新法に基づく制度的特例を受けることができる。
一方、法定合併協議会を設置する前に、いわゆる「任意合併協議会」(任意協議会)を設置することが多いが、任意協議会は、その名のとおり法的には設置する必要のない任意の話し合いの場であり、任意合併協議会を設置せず、「研究会」または「勉強会」での協議を経て法定合併協議会を設置するケースもある。
市町村によっては、任意合併協議会で合併協定書記載項目のほとんどの協議を終え、法定合併協議会は形式的に設置して2、3回程度の協議で合併協定書を締結することもある(新潟市など)。
法定合併協議会を設置する場合の合併の手続きは、以下のようになる。事前協議から合併まで、通常22ヶ月程度が標準期間といわれてるが、当然一定ではない。
任意合併協議会などで事前協議を行う。住民発議で法定合併協議会が設置される場合は事前協議がない場合もある。
1965年施行の合併特例法では、法定合併協議会の設置の発議権は関係市町村の長のみが有していたが、1995年の改正により、有権者の50分の1以上の連署をもって、法定合併協議会の設置を市町村長に直接請求できる「住民発議制度」が創設され、2005年施行の合併新法にも引き継がれた。静岡市と清水市の合併は、住民発議によって法定合併協議会が設置されて合併に至った例の一つである。ここは、青年会議所の発議によって協議会が設置されたもので、他にも青年会議所の組織的な住民発議で協議会が設置された事例が全国に見られるが、「あたかも住民が主張して来たかのように見えるが、中央の思惑に乗っかった物」という見方もある。
しかし、住民発議によって法定合併協議会が設置された場合、任意合併協議会や研究会・勉強会での協議の積み重ねがないケースが大半であり、協議会を設置しても合併に至らない事例が続出した。
合併協議会で合併協議が整うと、関係市町村長による合併協定書への調印を行うことが多い。調印にあたっては、市町村長の署名押印のほか、立会人として議会議長が署名をする場合もある。
合併協定書の調印は法的には何ら意味を持たないが、セレモニーとして、都道府県知事、地元選出の都道府県議会議員や国会議員らを招いて盛大に行われることが多い。しかし、その後に行われた市町村議会で合併関連議案が否決される事例や、合併協議会の解散に至ってしまう事例もあった。
協議段階で紛糾した市町村では、これを避けるためか、まず市町村議会で合併関連議案を可決した後に、合併協定書の調印式を行ったり、岡山市のように調印式そのものを行わず、県に申請する事例もあった。
住民投票で合併や分割の賛否を問う方法も、一般化する方向にある。この方法では、「合併または分割自体に賛成との前提で、合併の相手先や合併後の名称次第」とするもの、「合併または分割自体に反対である」、といった選択肢が設けられる。
合併する際の自治体の新名称は、上述の通り法定合併協議会において決められるが、その候補の選定にあたっては、公募が行われることが多い。公募は、特に合体(新設合併)をする場合に多く行われ、合併対象市町村の住民を対象にする場合、住民と通勤通学者、出身者を対象にする場合、居住地域を限定せず全国を対象とする場合などがある。
合併後の新自治体の名称は、合併に加わる自治体のうちのひとつの名称を採用する場合と、新たな名称を採用する場合とに大別される。一般に、編入(編入合併)においては編入する側の自治体の名称が採用されることが多い。
新名称に批判が続出しながらも名称を再検討することなく合併した例は、北九州市、あきる野市、最近ではさいたま市、西東京市、さくら市、東かがわ市、丹波市、淡路市、四国中央市、ふじみ野市、つくばみらい市、みどり市、にかほ市などがある。
島根県石見銀山市:最終候補として提案されたが、旧大田市の反発で空転した後再検討し、大田市として合併。
沖縄県宮古市:関係市町村間で合意した後に岩手県宮古市の反発と住民アンケートの結果を受け再検討し、宮古島市として合併。
また、合併後に変更した例として、昭和の大合併時のものだが、徳島県鳴南市(鳴門市に変更)と千葉県東葛市(柏市に変更)がある。

 

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